いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その307;11年かかりました!!)

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先日の関東大会のプログラムを見た多くの人から

『代表! やったね。凄いね。本当に良かったね』

と、言われています。

ある人は、涙目で、ある人は鳥肌たったよって、握手を求めてきます。

そうです。

11年前に大会を開催して、初めて、上村春樹講道館長、山下泰裕全柔連会長より祝辞をいただくことができたんです。

このお二人、個人的にはもう30年以上ご指導をいただいておりますが、何をやっても破天荒な行動ばかりでしたので、正直、認められ、褒められたのは初めての事。私自身、このページを見て、ただただニヤニヤしているだけの数日を過ごさせていただきます。

ただ、この祝辞は

『スポーツ(柔道)を通じ、親子の絆を深め、子と夢をつなげる』事業を共に継続してくれた、各地柔道連盟(協会)、ご協賛社(者)、そして、海のものとも、山のものともわからない時から一生懸命支えてくれた創業以来全てのスタッフに対するものと受け止め、今後の糧としていく覚悟です。

全ての人へのこの言葉に尽きます。

ありがとうございました!!

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さあて・・・いまから、ここから、

頭は低く・目は高く・口慎んで・心は拡く・親孝行を健全として・他人を益す!
誰に対しても頭だけは低く・矜持と夢と目標と志は高く・余計な事は話さずに・何があっても許す心を持って・親孝行をして・他人に徳を積む。

盟友・藤川が残した言葉を胸に深く刻み込んで愚直に人生全うするのみ!!

永瀬義規

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その306;大物二人)

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昨日、今日と横須賀市で開催された『第11回スポーツひのまるキッズ関東小学生柔道大会』。詳細は、他のスタッフがそれぞれ事細かに紹介してくれると思いますので、私は、今回出会った二人の大物についてご紹介します。

一人目は、

誰もが知る、衆議院議員。

自由民主党の若きエース・小泉進次郎さん。

一昨年のこの大会時に来場いただき、そのスピーチにただただ感動し、正直(不覚ながら(笑))一瞬でファンになってしまいました。

横須賀2回目の今回は、前夜懇親会、本日の低学年表彰式に参加していただき、周りの人々を次々と魅了していきました。

まあ、とにかく、な~んにも言えません。

言うまでもなく正真正銘の大物!でした。

そして、もう一人

小泉さんに負けず劣らず・・私の心を鷲掴みにした男と出会いました。

それは、前日練習会の真っ最中。

その威風堂々の姿に、声も出ませんでした。

その男(の子)の名前は航季(こうき)くん

年齢は丁度6か月!

今回の講師、佐藤愛子先生の息子さん。

佐藤先生が柔道指導しているその横で、大の字になって爆睡しているその姿はまさに超大物!!!

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その日の夜の懇親会での締めのスピーチに、「私の夢は佐藤先生の息子さんがひのまるキッズにでて、そのあと一流選手に成長して講師になり、さらに、親としてひのまるキッズに参加すること」と言った言葉に迷いはありませんでした(笑)

将来の日本を背負う男と対等なインパクトを与えてくれた航季くん。

ある意味、忘れることのできないひのまるキッズとなりました(笑)

いまから、ここから、楽しみ、楽しみ・・・

永瀬義規

 

 

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その305:採用解禁で思うこと)

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6月1日に迎えられた『採用解禁』

とはいえ、すでに5割の学生が、内定、内々定をもらっているということ・・。意味があるのでしょうか・・。

22年間で終わらせない・・。

常々、大学柔道部の後輩たちにそう思って接しているつもりですが、よく考えてみれば、自分の親よりも年上の『お爺ちゃん』に自分から相談するのも大変だと・・やっと今頃気が付いて、今は、弊社の吉原に間に入ってもらって何とか学生とコミュニケーションをとっています。

今の学生は、全くわからん!!!

なんていうことは・・全くなく、我々だって思い返すと

やりたいこと

なりたい人

など、ぼんやりとしかなかったと思います。

ただ、今の学生は情報が多く、また、選択肢もかなりある(ように見えるので)、ある意味、柔道と就活の両立は大変だと思います。

もっと、相談してくれれば良いんだけど・・いやいや、お爺ちゃん、お爺ちゃん。。。

さて、

テレビでやっていたのですが、集団で新卒採用をするところは世界でも日本と韓国しかないそうです。

そして、世界の就活はそれぞれ本当に違うということ、印象に残ったのは、イタリアとフィンランド・・。

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イタリアは本当に就職難で、主流は『コネ採用』。そして、まずは『研修契約』という制度があって、そう簡単には正採用とならない。なので、30代で正採用となったら、まずは辞めることはことはないということ。

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逆にフィンランドは、起業に興味がある人がたくさんいて、なんと、中学生で起業したい若者が47%もいるということ。現に、番組では高校生社長が紹介されていました。

世界的な傾向は、

起業

まあ、起業家の端くれとして、それがどんなに大変なことか・・話しは尽きませんが、以前に書いたと思いますが、元来、

辛いと思っても、辞めたいと思ったことはない

性格と、起業家の子供でもあるのである意味天職なのかもしれません。

最後に、私の尊敬する方のFBアップを紹介します。私の言葉の1000倍ためになります。

「君に合う仕事はない。君が仕事に合わせるだけだ!」
                      克舟

もうすぐ、5月病が出始める時です。
就職して三ヶ月ぐらいすると、上司に
「話しがあります」と新入社員が言う頃でもあります。
「自分にはこの仕事は合いませんので、辞めさせていただきます」
と言い出すのです。
そんな時、上司には
「君に合う仕事はない。君が仕事に合わせるだけだ」
と答えなさいと教えていたものです。

世の中に、それほど自分に合った仕事があるのでしょうか?
ありません!
「自分が仕事に合わせるだけ!」とは、
辛い時や、苛められる時、そしてもう逃げ出したくなるような
苦しい時を乗り越えなさい、と言うことです。
あのイチローでも、オリックスに入った時は、監督との間で
軋轢(あつれき)があり、一年間は試合に満足に
出してもらえなかったのです。

その苦しい時を乗り越えたからこそ、現在のイチローがあるのです。
プロ野球選手でも、サッカー選手でも最初から
正選手に選ばれるのは稀です。
だからと言って、諦めてしまっては元の木阿弥です。
下積み時代の貴重な経験があって始めて、
自分に合った仕事と出会うのです。

いまから、ここから、とにかく、やりましょうや!!

永瀬義規

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その304;負けるもんか。)

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5月とは思えない猛暑日となった日曜日。

朝一番の仕事を早急に終わらせ日本武道館に向かいました。

そう、今日は、『2019年度東京学生柔道優勝大会』

着いたすぐに始まったのが、早稲田大学とのベスト8をかけた戦い。

『結構、簡単にはいかないよ』

と監督が言った通り、7人全員引きわけで代表戦を何とかものにして勝利。

そして、次に当たったのが昨年7-0の屈辱を味わった国士館大学。

結果は、1年生の活躍はあったものの3-1で惜敗・・・。

大会は、その国士舘大学が東海大学を決勝で2-0で破って優勝しました。

昨年から比べたら、その成長ぶりは明らかで、全体的に満足のようなムードでした。

でも、当事者ではないものの、私自身は悔しくて悔しくて・・・、性分ですね・・。

その怒りはなかなか収まらず、帰社してからのミーティングで新人への指導での言葉にも思わずその熱さを抑えることができませんでした。

そこでは、ただただ「本当にやるべきことをやったのか、あきらめていないか、自分の熱い気持ちをとことんぶつけてみろ!!まだまだ足りん!!!!」を連呼、連呼・・。

そんな、オヤジの熱いだけの言葉に新人は目をしっかりと見開き、話が終わるとデスクでがむしゃらに画面に向かって仕事を始めました。

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そこに、タブレットを開いたら、ふいにアップされたのが、FBの6年前の投稿写真。

コメントは

「負けるもんか。励まされています」

でした。

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今一度、現れたこの写真。

思わず見せた時の新人の顔が一瞬でガラリと変わったのは言うまでもありませんでした。良い顔しやがりました(笑)

いまから、ここから!!さあ、昨日までのひのまるキッズを超えよう!!

そして、全日本まであと僅か。気張れ!中大柔道部!!!!

永瀬義規

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その303;働くということ)

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以前、ここでも書かせていただいたように、私の父は25歳の時に脱サラして仕出し弁当業を始めた、らしい。

らしい・・は、私が物心ついた時には、母親と一緒に夜中まで次の日の仕込みをして、朝3時には起きて黙々と弁当やおいなりさん、おむすびを作っている姿しか見せたことはなく、それは、私が小学3年生の時にお店を持ち、5年生の時には家を建て、中学、高校と本当に馬車馬のように働く背中しか見たことがないため、

そもそも、いつから? なんで? この仕事に着いたのかなどは聞く余地もなく、仕事というものはそんなものだと思いつつ、そんな親の苦労を横目で見つつ、自分自身は、

幼稚園でそろばん塾(当時は小学校に上がらないと受け入れてくれなかった)に入りたくて、お風呂で必死に九九を覚えて勝手に入塾したのを皮切りに、大学受験までとにかく好き勝手に自分がやりたいことをやりたいだけやっていました(毎日19時には家族全員が集合して夕食を食べる・・みたいな決まりはありましたが)。

ただ、思春期を迎えるころに、お弁当屋さんという職業になにか負い目があり、周りには『父は早稲田、母は日本女子を卒業、ただ、ワケあって今はお弁当屋さんだけどね』などと上っ面の話を一生懸命していたように覚えています。

そんな、私の好き勝手。(結局は父が死ぬまで)文句や苦言を言われた記憶はありませんが、ただ一度だけ、柔道推薦で大学進学を決めようと思った時に

「おまえ、大学は勉強でいくもの。早稲田に勉強で行けないのか?情けない。それならば、進学はやめてしまえ」

と人生の選択で唯一反対されました。

結局、「なにお~」と挑んだ早稲田受験に失敗し、浪人して中大に進学したのですが、これが私の人生のすべてを決定する出来事になろうとは思っても見ませんでした。

もう一つ、父の言葉で忘れられないものがあります。

それは、28歳の時、渡米を決意してそのことを父に話した時、

「ヨシノリ、世の中のほとんどの人は『いやあ、辛いこと、いやなことをしてもらって本当に申し訳ない。よく頑張ったね~』ってお給料をもらっているんだ。だから、好きなことでお給料をもらうことがどんなに幸せなことか、どんなに大変なことか、自覚しなければならないぞ」

との言葉。

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プロスポーツ選手のセカンドステージ・・・。

何を甘えたこと言ってるんだ。そんなステージは用意してもらうものではなく、自分が創るもの、勝ち取るもの、という考えに変わりはありませんが、

昨夜の山梨文化ホール。自分の好きなこと、やりたいことを『できること』で表現している若者のパフォーマンスに感動し、一所懸命ハリセン(巻頭写真)で声援を送っている自分がいました。

そこには、間違いなく、自らの動きで、人の心を動かし、そこに対価が発生する。働いている姿がありました。

しかし、これを、信者を作る~儲けるスキームにして初めて、『飯を喰う』ということ。

職種を創るための大きな『壁』がここにはあるんですよね・・。

そして、ここから先が大変! でも、好きなことで飯を喰うんだから、それは覚悟の上だと思います。

今日は、この辺で失礼いたします。

あ、父がお弁当屋さんを始めた理由、父の亡くなった時に叔父さんに教えていただきました(前にも書きましが・・)。

「ヨシノリ、お前が生まれたからだよ」

いまから、ここから、まずはがむしゃらに働きましょう!!

世の中、みんな悩んでますね。。。

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永瀬義規

 

 

 

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その302;人間万事塞翁が馬~なんちゃ、なか!)

  • 小出監督

少し前の事ですが、2019年4月24日、陸上の名伯楽・小出義雄さんの訃報が伝えられました。

有森裕子さん、高橋尚子さん、千葉真子さんら多くの女子メダリストを指導・育成してきた小出さん。

私は、幸いにも、アトランタの有森さん、シドニーの高橋さんのゴールでは、現地で一番最初に(記者会見の仕切り役として)接することができました。もちろん、その時に帯同していたのが小出さんでした。

事前の取材の時も「おい、大変だね。まあ、一杯やりなよ」って日本酒をこそっと進めてくれたりする気さくな方。訃報を聞いて教え子たちが「選手の心を動かす言葉」を紹介していましたが、その一つ一つが非常に重みのあり勉強になりました。心よりご冥福をお祈りいたします。

さて、上記のこともあり、この訃報の放送が流れたとき、そして、平成をフラッシュバックする番組で小出さんのことがとり上げられたとき、本当にたくさんの人から、

「テレビに出まくっていましたよ。しかし、永瀬さん変わりませんね」

というような内容の連絡をいただきました。

上記で説明した通り、そりゃ、ミックスゾーンでの取材の時にはいつもそばにいましたので、下手をしたら監督より写っていたかもしりません(すみません)。

そして、ほとんどの人が久しぶりだったので、近況を話をすると、

「へぇ~、噂には聞いていたんですが、そんなことをしているのですか」

「ほとんど、全国各地、自分で回ってるんですって・・永瀬さんらしいバイタリティーですね」

と言われてました。

ちょこっと浮かれていました。

ただ、先日、某テレビ局お偉いさんと業界の後輩(大社長)と久しぶりに飲んだ時に、二人そろって開口一番

で、いつまでそれやるんですか?

と聞かれ、いきなり現実に引きずり降ろされました・・・。

創業して11年。確かにこれまで年間の三分の一以上は全国を駆けずり回る日々。これをあと10年、同じように続けられるか?と聞かれたら、「当たり前!」って即答できるかは・・不安です。

だからこそ、これからの10年でやることを明確にして、共に事業を作り上げる仲間を増やし、『一日一死』で生きる覚悟もできたことも事実です。

でも、先日、ある人(数回前にご紹介したパワフル70歳台のおひとり)に、

「まだまだやりますよ!! そして、倒れるときは前のめりで倒れ、後人の踏み台になることが私の『覚悟』です。その時に、芯の通った踏み台でないと意味がないですから、いまから、心身ともに鍛えないと!ですね(笑)」

といったら、

「代表、『人間万事塞翁が馬』が小生の座右の銘です。代表の活動姿勢は必ず良い方向に向かいます。ご自身を信じ前に進んでください」

と返ってきました。

人間万事塞翁が馬

事の幸不幸は予測のつかないものである、ということ。

ケ、セラ、セラ♪なるように、なる・・のですね。

前述の小出監督の名言に「けがをしたときに、『なんで』と思うな、『せっかく』と思え」というのがありました。

なんで、こんなに苦労したのに・・・、

なんで、一生懸命やっているのに・・・、

思いがちです。

せっかく苦労したんだから、一生懸命やったんだから、結果はどうであれ、死に物狂いを楽しもうと思います。

なんちゃ、なか!!(福岡の師匠のお言葉です)

いまから、ここから、進みます。

永瀬義規

 

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その301;できて、当たり前)

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GW真っ只中の3~5日に開催したスポーツひのまるキッズバスケットイベント

『第1回月刊バスケットボールカップU12』

は、お陰様で無事成功裏に終了することができました・・・。

実は、この文章、決勝戦前の少し空いた時間に書き出したものの、

はて、我々の仕事の評価ってなんだろう・・と、なんだか急に疑問が湧いてきてしまい、そこから先をかけずに固まってしまいました。

それは、

丁度その時、月バスカップを初回から支えてくださっている協賛企業の社長がスタッフルームに顔をだしてくださり、

「いやあ、実は担当者が変わってどうなることかと思っていたんだけど、何とか無事に終わりそうだねぇ」

とお声をかけてくださったときの事でした。

正直、私的には、今回の担当替えでこれまでの不安が一気に払拭されて、その理由の何もかも、その社長には説明したつもりでした。

でも、(もちろん、社長には悪気はないのですが)、前述のお言葉に「え、そんな風に思っていたのですか・・」という驚きと、その社長に関しては、運営のプロセスではなく、全てを結果で判断するのだなぁと思い、少し落ち込んでしまい、固まってしまったのです。

ただ、これは当たり前のことで、正直、社長は我々に対して『できて当たり前』が大前提にあり、その『できたこと』を評価してご協賛し、応援してくれるわけで、『できるまでのプロセス』に対価を提供してくださっているわけではない・・と、しみじみと感じました。

できるまで、やる。

の『できた』は、

大会ができた・・ではなく、大会を通じて、

参加者の『親子の絆』が深まり、『子供たちと夢』が近づき、

協賛社(者)に求めているもの(事)をしっかり渡せて、

関係している全ての人たちに充実感を提供する

ことが、できて、初めて言えることだと改めて思い、このことをスタッフと分かり合えるまで共有していこうと心に誓いました。

そして、決勝戦が始まると伝えられ、コートに向かった私の目の前に飛び込んできた光景に、『俺は何をフニフニ考えてるんだ!』と震えが出ました。

それが、巻頭の写真です。

そこには、決勝戦が始まるコート以外のところで、彼らの邪魔にならないように音を立てずに、机やいすを片付け、モップで床を黙々と拭いてる大会スタッフ・上武大学女子バスケットボール部の方々の姿がありました。

なにが、『成功裏に終了‥』だ、まだまだやるべきことは終わってないじゃないか・・・。

今回で一番勉強しなければならないのは、誰であろう、私だったのです。猛省。

いまから、ここから、『できて当たり前』を突き詰めます!

永瀬義規

 

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その300;お陰様で300回、平成最後の独り言)

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ここに一枚のスポーツタオルがあります。

確か・・中央大学柔道部創立85周年記念で配布されたものです。

お陰様で、今日に至るまでずっと使わせていただいています。

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ここに一枚の賞状があります。

大学を卒業し三年目でいただいた柔道四段の証です。

修行が足りず、今日に至るまで昇段できずにおります。

共に平成元年。ここから状況は変わっていません。

でも変わっていないのはこのくらいかもしれません・・(笑)

この32年間。

まさに、山あり谷あり、大激動,ジェットコースターのような人生でした。

本当に様々な経験をさせていただき、引き出しはいっぱいに増えました。

序盤戦・・・。

雑誌編集長、渡米、2度のオリンピック

中盤戦・・。

会社役員、様々な充電

終盤戦・・。

会社設立、日本全国奔走、悲しい別れ、嬉しい出会い

まあ、とにもかくにも、やりたい大放題の人生でした。

たくさんの人に迷惑をかけた32年間だったと思います。この場をお借りしてお詫びいたします。

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最後に・・、

ここに一枚の楯があります。

スポーツひのまるキッズ2018年度スポンサーへのご協賛記念楯に似せて、スタッフが手作りで作ってくれたものです。

平成最後の最高の宝物。感謝です。

さあて、

新年号『令和』

間違いなく、人生の総決算です。これまでの引き出しを全て引っ張り出して、一日一日を大切に生きていこうと思っています。

このブログも300回を迎えることができました。読んでいただいてる皆さん、本当にありがとうございます。まだまだ続けるつもりですので、よろしくお付き合いの程、お願い申し上げます。

いまから、ここから、よ~し、ここから!!!!

永瀬義規

 

 

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その299;少年よ限りない熱量を持て!)

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子どもの頃から何をしてもそこそこ、人並み以上できた。

大学に入って、それが一変した。

考えが甘かった。

一般生で柔道部に入り、何をしても、どうやっても周りの人たちに勝てず、少しずつ追いついてきたと思っても、全く無視され、同級生たちと並んだつもりが10歩も20歩も先の存在。

悔しくて、悔しくて、必死に続けた。

でも、巡ってきた僅かなチャンスも不甲斐ない結果になり、自分がどうより、選んでくれた人に対して申し訳ない気持ちでやり切れなかった。

幸いなことに、そんな男に対して、どんなことがあってもあきらめず、腕を引っ張ってくれた同級生のおかげで、最終学年で結果を出せた。

その後、社会人になってこれまで、苦しいと思っても辞めようと思わなかったのは、この時に培った『やると決めたら出来るまでやる』という気持ちと、それに対峙するために身に着けた熱量。

いつでも、どこでも、どんな状態でも人に言われることは、良いも悪いも・・・

凄い熱量ですね!!

ただ、その熱量。沸点まで上がり、目標を達成すると人一倍早く冷めていくのがこれまでの悪パターン。

正直、昨年はそうなりかけた・・・。

一息ついたら、とんでもないことになっていた。

56歳。

周りは、定年や、引き際の話で盛り上がってきた。

とんでもない、まだまだやり切ってない。

先日、ある経営者に頼まれてスタッフに話をしたとき、最後に、

「今の若い人たちに一言」

と言われ、間髪をいれず口から出た言葉。

少年よ、限りない熱量を持て!

いまから、ここから、冷める暇は、全くもって、ない。

永瀬義規

P.S 藤田文武おめでとう。君の熱量、素晴らしかった! いまから、ここからだぞ!

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その298;スペシャリストとは、かくありき!)

1555239615399本日は、大変お忙しいなか私の退職を祝う会にお集まり頂き、誠にありいがとうございました。柔道の事を何も知らなかった私が、ミズノに入社し42年もの長きにわたり柔道に携われたことは、皆様からの心温まるご指導、ご助力をいただいたおかげと感謝しております・・。

名古屋~大阪出張から急いで駆けつけた東京ドームホテル。

焦りました。

『永瀬、12日東京ドームホテルで慶徳さんの退職祝いするから空けといてね』

一か月前に出張先で柏崎先生からお電話をいただいた時には、

『かしこまりました。必ず参加します!』

と二つ返事で応え、手帳にしっかりと書き込んでの当日参加でしたが、まさか・・ここまで盛大だとは・・。

ノーネクタイは私だけ(あとで西田先生もそうでしたので、ピッタリそばについていました(笑))。

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柏崎先生の司会進行で、佐藤先生(東海大柔道部主席師範)、山下先生(全柔連会長)のご挨拶、金野先生(全柔連強化委員長)から井上先生(全柔連男子強化監督)までの祝辞(私もおまけで入れていただきました)の全てにあったのが、慶徳さんの42年間貫いた『柔道衣への想い』への称賛、そして感謝のお言葉でした。

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大変失礼ながら、こんなサラリーマン見たことないです。

柔道未経験。

そんなの関係ない。

42年前、ボロカス言われながらも(失礼)、とにかく何度も何度も研究、開発に取り組み、その12年後、それまで絶対的地位にあり、自らも目標にしていた岩崎柔道衣の岩崎社長に

「君には負けたよ」

と言わしめた後も、その手を緩めることなく。ついに全柔連のオフィシャルサプライヤーとしてミズノを不動の地位まで押し上げても、奢ることなく、柔道界のことを誰よりも憂い、全力でサポートしてきたスペシャリストの中のスペシャリスト。

幸運にも、36年前の20歳からこれまで、学生、近代柔道編集長、全柔連事務局員、出版社役員、そして現在と、あらゆる場面で、様々な瞬間を目の当たりにできたことを本当に誇りに思っています。

そして、

3月に退職を親しましたが、継続してミズノで勤務しておりますので変わらぬお付き合いのほど、よろしくお願いします。

ということで、

まさに、いまから、ここから!!

まだまだ、勉強させていただきます。なにとぞ、よろしくお願いいたします。

いまから、ここから、極めて、極めて、極めまくります!

永瀬義規