いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その290:変わらないからこそ!)

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永瀬さ~ん。

会社伺いますので、駿河台下に付き合ってくださいね!!

スポーツひのまるキッズを開催当初からずっと応援してくださっているフジタス工業のF社長。

名古屋から上京して我がオフィスに直行してくださり、仕事の話は後程・・ということで、向かったのが、駿河台下の『キッチンカロリー

かつて学生時代にお茶の水駅そばの方に先輩に連れて行っていただいたことがあり、てっきりそこが本店だと思っていましたが、どうやらここが本店(確かめていませんが・・)らしい。

まだ11時過ぎなのにも関わらず、店内はお客様でいっぱいでした。

運よく、席が空いて座った瞬間。

すみません、トリプルで!

とF社長。

メニューにはダブルまでしかないここんちの名物『カロリー焼き』の通しか頼まない逸品とのこと(笑)

昔、いただいたのを思い出したのと、最近、周りからも少し抑え気味にしたらとご忠言が多いので、私は普通のカロリー焼きとクリームコロッケにしました。

そして、運ばれてきたこの逸品

冒頭の写真ですが、比較対象がないので写真ではわかりずらいかもしれませんが、相当のボリューム。たぶん3000カロリーくらいあるんだろうと目がまん丸となりました。

頼む前に

トリプルを頼まない勇気

と言っていたF社長の意味がそのあとわかりました。

彼が通っていたのが大学生時代。その30年近く経ってもどうしても、このトリプルを頼んでしまい、食べ終わったときにその量に後悔して、「もう歳なんだから次は控えよう」と毎度思うらしいのですが、やはりお店に入ると頼んでしまう・・。

彼にとって、カロリー焼きは青春そのもの、なので、その時に頼んでいた量でないとカロリー焼きではない・・とのことでした。

もちろん、それにはその時と味も量も変わっていないことが大前提。

変わらなく続けているからこそ、F社長のようなリピーターが大勢存在し、通い続けているんですね!

ちなみに、ここんちの創業は1953年。

66年も守り続けている味。いったい何万人の人たちを魅了しているんでしょうか? そして、たぶん、学生時代にここに来ていたお客さんは、自分の子供も連れてくることもあったでしょうし、その子供も自分の子供と一緒にこの味を堪能してると思います。

素晴らしいですよね。

ひのまるキッズももう10年。

そろそろ、参加した子供たちが、柔道を続け講師として再来することも夢ではありません。

そして、私の次の夢は、参加した子供たちが、親席に座り子供を一生懸命応援する。

さらには、自分の子供が、孫の親席に座っている姿を観客席から見守る・・。これは生きているうちにはかなわないかもしれませんけど(笑)

それは、変わらない理念とそれを守るという信念が必要です。

スポーツを通じて親子の絆を深め、子と夢をつなげる

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目の前で汗だくになっているF社長を見ながら、そんなことを思っていたある日のランチタイムでした。F社長、ごちそうさまでした!

いまから、ここから!『変わらないもの」を守るため、よりよい思い出を作るために飽くなき探求を続けます。

永瀬義規

 

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その289;「使わなくなった器具」の墓場で見つけた消えない思い出)

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弊社アスリート社員、清水のブログ『「使わなくなった器具」の墓場たち』は、根強い固定ファンがいて、いつも「永瀬さん、あれ、楽しみにしているんですよ」と言われます。

そこで、たまには趣向を変えて、目線をそちらに向けてみました!

なんて、

実は一人で休日出勤して、お昼にコンビニに買い出しに行ってオフィスに戻った時にいつも以上に眼に飛び込んできたこのワンカット。

部屋の入口にディスプレイされた古い自転車。昔でいう『スポルティーフ』という種類です。

これは、私が高校1年生の時にコツコツと部品を集めて組み立てた愛車。

当時から、とんでもない凝り性だったので、中学2年生くらいからバイトして、サイクルスポーツという雑誌の『部品売り買い』のページを元に全国で買い集めたパーツの集大成でした。

以前、五輪メダリストの競輪選手からも話をしたら譲ってほしいと言われたマニアックな(今ではアンティークの)マシン。

これで、高校1年と2年の夏休みに東京~佐賀を大好きなお城を見ながら走破したり・・やはり当時から変わり者だったことは否めませんね(笑)

大学に進学してからは、合宿所生活で、就職してからも乗ることは無く、渡米したり、住まいを転々としたりしたこともあったので、ずっと実家の部屋にホコリまみれになって置いてありました。

昨年、母が亡くなったこともあり、実家を売却する際、ほとんどの物は思い切って全部破棄してしまったのですが、この自転車だけは持ち出して、今は、ここにあります。

正直、約40年前のことなので、当時の思い出はうっすらとしか覚えていませんが、佐賀に着いて、父の実家に着いた時、かつて地元の教育長も経験した厳格な祖父が私の顔を見て

「おお~、ようきんしゃった! 偉かね~」と満面の笑みで迎えてくれたそのシーンは鮮明に覚えています。

たぶん、このへんから

絶対にあきらめない。できるまでやる

という精神が育まれていたような気がします。でも、あのお祖父ちゃんの笑顔が無かったら、もしかしたらその気持ちは育まれなかったかもしれない・・と、ひのまるキッズを初めて思うようになりました。

なので、この自転車は私の宝物。

たぶん、死ぬまで手放さないと思います。

ミニちゃん

そして、今の愛車も・・・・。大切な宝物。こいつとは、相棒と一緒に人生をずっと共に過ごしていきたいと思っています。

皆さんも機会があったら是非とも我がオフィスにお立ち寄りください!

いまから、ここから、わが身が墓場に行くときまで、熱い気持ちは忘れません。

感謝!!

P.S 実家で写真整理をしていたら、辞令と共に出てきた入社式の写真。30年を感じるビフォーアフターをお楽しみください(笑)

永瀬入社式

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いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その288;まだまだ、まだまだ!!)

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先週末の話です。

秋田県で開催された高校選手権の東北地区大会に行ってきました。

大好きな山形の田島先生のご配慮で、東北6県の高校柔道専門委員長の先生方とお話しする機会をいただきました。

ただ・・

ひのまるキッズをご存じの先生はほとんどいませんでした。

正直、ショックでした。

でも、話をすると、

それは、いい大会だ! ぜひ、機会を作って見てみたい

という熱いお答えをいただきました。

そして、翌日の本番。

会場に入るや否や、

『ん? 見たことある人だなぁ』

みたいな感じで、ニコニコして挨拶をしてきた子供たち。

なんだよなんだよ・・、まんざらではないじゃん

と、少し機嫌よくなったものの、それは一瞬のこと。

母校のスカウトに来た後輩コーチにアテンドして、何人かの有望選手や強豪校の先生方とお話をさせていただきましたが、選手でひのまるキッズに出たことがある子は一人だけ。先生に関しては、ご存知の方は・・・皆無でした・・。

ショックでした。

もちろん、東北大会の開催地である青森県の先生、選手は知っていましたが・・。

ひのまるキッズ東北大会は今年で10回目。10年続けていても、まだまだ足りないんですね。

落ち込んでいる私に後輩が「先輩始まりますよ!」と声かけてくれました。

目の前では、準決勝が始まるところでした。それが、巻頭の写真です。

盛岡中央高校と東北高校。

そうです、『ひのまるキッズ夏合宿』の開催で絶大なる応援をしていただいている両校です。

しっかりと開始の礼をする、両チームの姿を見て、なんかグーっと力が湧いてきました。

知らなければ、伝えれば良い。

伝わっても出ていただけなかったら、出ていただけるような大会にすれば良い。

スポーツのテーマパーク。

これまでの10年はファーストステップ。次の10年の目標は定まりました。

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帰りの飛行機まで後輩に付き合ってもらい、秋田の美味い食事をいただきながら、心の奥底で木霊した言葉。

いまから、ここから、まだまだ、ここから!!

さあて、気張ります。

永瀬義規

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その287;さらば、友よ)

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1月27日。

盟友、藤川孝幸の『お別れの会』でした。

生前、人との『絆』を一番大切にする彼との最後のお別れの場。

本当に大勢の人。濃い方々と一緒に彼を偲ぶことができた幸せをかみしめることができ、お別れの会委員長のリーフラス株式会社・伊藤社長、ご家族の皆様に心より感謝の気持ちでいっぱいです。

彼との話は、お亡くなりになったときに、このブログで書かせていただきました。

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その278;盟友の死。掲げられなかった旗への誓い)

そして、そこでの公約の通り、先月の『グループQ』の忘年会にて、掲げられなかった幕もお披露目させていただきました。

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会の弔辞で、都並さんが、緑さんが、

連呼していた、『残念』の一言に思いの全ては尽きます。

本当に残念です。

でも、最後に奥様の、みささんにご挨拶をしたとき、

実は、タイミングが合わず、これまでお会いしたことがなく、なんてお言葉をかけたらよいか・・と恐る恐る

「はじめまして、ひのまるキッズ事業をしています。柔道の永瀬です」

と発したとたん。

「あ~!」

って涙と笑顔をいっぺんに噴出したようなその表情を見たとき、嬉しくて、心がいっぱいで、その後の言葉が出ず、4人の息子たちに

「気張っていこうな!」

って言うのが精一杯でした。

溢れる涙を抑えるので精一杯でした。

でも、もうメソメソしてる場合ではありません。

こうなったら、これからも、天国でどんどん心配かけて、ハラハラドキドキさせようと、心に決めました。

彼からの最後のメッセージを受けて・・・。

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いまから、ここから!

でっかい夢を果たすべく、

絶え間なく、果てしない努力で、

沢山の愛を持って己を尽していこうと思います。

漢・藤川孝幸のように。

永瀬義規

 

 

 

 

 

 

 

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その286;あなたの『笑顔』の生涯合計は??)

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先週末の金曜日。スポーツひのまるキッズ協会関係者の新年会でした。

場所は、ひのまるキッズ応援団の博多屋さん。

実は、後半は体調不良の上の深酒のせいでほとんど覚えていないのですが(汗)、前半戦のゲストスピーチの社労士・Y先生の話は鮮明に覚えています。

みなさん、いきなりですが、人間が『笑顔』でいる時間は生涯で平均どのくらいだと思いますか?

➀1か月

②1週間

③1日

ほどんの答えが、➀か②。

私は、『1年じゃないのか‥』と内心思っていました。

が、答えは、

③1日。

今でも信じられないのですが、博学のY社労士の話ですので、根拠のない数字は持ってこないと思います。

こんなに、少ないのです。

ならば・・・

ひのまるキッズは、親子の絆、家族の絆、さらには見ている人の絆を深め、『笑顔』創製がその評価のバロメーター。ある意味、使命と言っても過言ではありません。

ワクワクしますね!!

だって、1大会2時間『笑顔』でいてくれたら、6年出場したらもう12時間。人生の『笑顔』時間の半分はひのまるキッズで占めるんですよ!もちろん、そんな人は、普通の人の何倍もの『笑顔』を人生で得ることになると思います。

めんたいぴりりhttps://eiga.com/movie/88761/

子供の笑顔は日本の宝

今日見た、『めんたいぴりり』で主人公は言っていました。スポーツひのまるキッズ九州柔道大会のスポンサーである明太子のふくやさんの物語です。人情味あるストーリーに引き込まれ、一瞬で時間は過ぎてしまいました。

スポーツで子供が親に、先生に、あこがれの講師に褒めてもらい、認めてもらうステージの創造。

これからも、その本筋をブラすことなく、愚直に追及していきます!

ちなみに・・

冒頭の写真は、シドニー五輪の選手村。念願の金メダルをとった田村亮子(谷亮子)さんの取材に来た歌手の福山雅治さんとの3ショット(2ショット+1と言った方がいいかも(笑))。

私の中で、『笑顔』というとダントツで出てくるのが彼女の顔です。彼女の笑顔は本当に周りを幸せにしてくれる『宝』でした!もちろん、今もですけどね。

いまから、ここから、いくつになっても『笑顔』を忘れず、人生の最後の時に「俺の人生、なかなかのものだったろう・・」って逝くことが私の夢です。気張ります。

しかし、20年経つと歳を感じますね・・・(笑)↓

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永瀬義規

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その285;号泣。粋な計らい)

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三連休ど真ん中。

どうも体調が本調子でないので、一日、家でゆっくり撮りだめしたビデオを見ていました。

そのなかで、NHKの『歴史秘話ヒストリア~東京オリンピックに懸けた男たち』をみて最後のシーン号泣してしまいました。

もちろん、最初は、嘉納治五郎師範に興味があったので録画したのですが。号泣したのは日本人初めてのオリンピアンで日本における『マラソンの父』、金栗四三さんが初出場したストックホルムより、『ストックホルム五輪開催55周年』に招待された時の話。

1912年のストックホルム五輪。生まれて2回目のフルマラソン、初めての海外。食べるものも環境もまったく初めてだらけでコンディショニング調整に失敗。その上、当日は30度を超す猛暑。

64名の参加中、34名がリタイア、なんと1名の死者まで出たそうで、金栗氏も半分を過ぎたあたりで記憶を失い倒れてしまったそうです。

自分の不甲斐なさに落ち込む金栗氏に「落胆することはない。君は外国の技術を知り、刺激を得た、大成功じゃないか! 君には将来がある。また、しっかりやれば良い」と嘉納先生はお声をかけたそうです。

その言葉通り、彼はその後のオリンピックに2回も出場、世界記録を2度も更新するという快挙を成し遂げました。

引退後も、後進の育成に命を懸け、なんとあの箱根駅伝も彼が選手育成のために考えたものだそうです。

番組は、1940年の幻の大会から1964年に実現された東京五輪まで、嘉納先生、田畑政治氏の活躍を紹介し、本当に興味深い内容でした。

ただ、上述したように、感動で涙が溢れかえったのが、75歳になった金栗氏のもとにストックホルム大会開催55周年記念式典の招待状。そして、とんでもないサプライズがあったそのシーン。

会場では、ゴールを切っていない金栗氏のためにゴールが用意され、彼にゴールを切ってもらうというものでした。

そして、両手を上げてゴールしたその瞬間。会場は温かい拍手でいっぱいになり、それと同時に場内アナウンスがありました。

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ただ今の記録は、

54年8か月6日5時間32分20秒3

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これにてストックホルムオリンピックは全ての競技を終了しました

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スポーツが生んだ、世界の絆。涙が止まりませんでした。

いまから、ここから、気張らないと!!

永瀬義規

 

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その284;絶対、投げない)

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新年、あけましておめでとうございます。

昨年末のここでも書いたように、昨年は本当にいろいろな事てんこ盛りで、アッという間に、それもやるべきことがほとんどできずに終わってしまいました。

今年こそ!

と、正月休みを返上して気張っていましたが、なにか、体調も悪く、しっくりきませんでした。

そんな時・・・

お世話になっている人からいただいたチケットを使って、ガラにもなく、美術展に相方とお邪魔し、とても良いことがありました。

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その美術展(人生作品発表展?)は、片岡鶴太郎さんの個展でした。

子どものころから美術だけは苦手な私ですので、最初は、「あの鶴ちゃんが果たしてどんな作品を・・」と、スルッとみて帰ろうとしたのですが、

とんでもない。

個々の作品の素晴らしさはもとより、その個展全体の雰囲気にグイグイと心を持っていかれてしまう自分がいました。

その理由(わけ)を、順番の最後のほうで放映されていた彼のインタビュービデオで確信しました。

コメディアン、俳優、ボクサー、そして画家・・あらゆることにその溢れんばかりの才能を発揮している彼。 インタビューで、その成功する理由(わけ)を聞かれたときの答えに、頭のてっぺんに雷が落ちたような感銘を受けました。

それは一言。

絶対、投げないから。

そうです。私もかつて、同じような質問を受けたときに、当たり前のように言っていました

できるまでやるから。

初詣でで引いたお守り

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古きを捨て、新しいことに挑戦せよ!

これを引いた時に、少し心に底に引っかかっていたものが、キレイに腹落ちしました。

今までやってきたことを捨てて、全く新しいことに挑戦するのではなく、

これまでやってきたことを成功させるために、変化を恐れず、しがらみを捨て、あらゆる挑戦をし続け、投げずに、己をとことん盡しなさい

ということなんですのね。

忘れていました。

私は、日本一あきらめの悪い男になるべく、己を盡します!!

いまから、ここから、投げてたまるか!!!

永瀬義規

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いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その282;鹿児島で見たこと~未来への希望と親子の絆)

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鹿児島に行ってきました。

目的は二つ

『西郷どん』の振り返り

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知覧特攻平和会館訪問

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初日は西郷隆盛の足跡を辿り、2日目は会館に行き、思う存分館内で資料を拝見しました。

そこで、感じたこと・・

討幕を果たし、明治維新を成し遂げながらも、自らの死で『武士の世の中』を終わらせるべく西南戦争を興した西郷隆盛、

大東亜戦争末期、悪化した戦況を挽回するために、爆弾を搭載した飛行機による体当たり作戦を決行したした若き特攻隊員たち

ともに、

自分がその決断をすることによって、国を守り、国を守ることによって家族を守る。未来にその夢を託して己の命を絶った漢。

その、強さの源には『親子・家族の絆』があったということでした。

特攻隊員の遺書に、

お母さん

という言葉を何度も何度も見ることができました。

西郷さんの最後、

「もうここらで良かろう」と言った言葉

特攻隊員が口にした

『人世の総決算』という決意

2018年12月24日。

これからの人生、まだまだだよ!っていうサンタさんから大きなプレゼントをいただきました。

そう、まだまだ言えます。

いまから、ここから!!不屈の心で『夢』に向かい続けます。

永瀬義規

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いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その281:母の三回忌と妹の誕生日と実家の跡地)

無くなった実家で3人

12月14日、亡き母の『三回忌法要』を執り行いました。

集まった親戚と共に何とか無事に終わらせて、昼食会では、生前の母、父の話で大盛り上がりでした。

そして、先日売却された実家を跡地を訪れました。

今から、42年前。

「おい、義規。決めちゃったよ! でもすぐにローンを支払って次はもっとでかいところだ!」

と、中学上がったばかりの私の肩を抱き、破顔一笑で力強く話してくれた父。

「でっかい買い物しちゃったよねぇ~」と心配そうな言葉とは裏腹に満面の笑みでそれに応えていた母。

脱サラしてお弁当屋さんを始め、本当に年中無休で働き、働き、手にした我が城を前にしたときの彼らの感動は計り知れないものだろうと、経営者になった今、実感している。

そんな思い出いっぱいの家。

無くなってしまい、妹とその場に立って、両親の努力の結晶を守り切れなかった自分自身に情けない気持ちでいっぱいにはなったけど、思い出は自分たちの心に大切にしまっていこうと思います。

偶然にもその日は、妹の51回目の誕生日。

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高校を卒業して出ていった私なんかより、ここで青春時代を過ごした妹の方がもっと悲しい思いはあったとは思います。

三回忌は亡くなった方が天国へ行けるように、残った者たちでお願いする『追善供養』だそうです。

私にできること。

両親に胸を張れるように、日々、一生懸命いきること。

育ててくれた両親、支えてくれた家族、親戚、そしてこの日を与えてくれた神様に・・

「ありがとう」という感謝の心

ですね。

いまから、ここから、一日一生、無駄にはしません。

永瀬義規

 

 

いまから、ここから、ひのまる社長の独り言(その280:基本の『き』)

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第9回スポーツひのまるキッズ中国・四国小学生柔道大会。

とにかく、ここ周南の大会はひのまるキッズの目指すものが年々深まっていく、まさしくひのまるキッズの優等生大会!

吉岡会長を中心にぶれない運営をしてくださる山口県柔道協会、周南市柔道協会、木村市長が自ら応援の陣頭指揮を執ってくださる周南市、そして、そこに山田石油を始め地元・山口県の企業が熱いバックアップしてくださり、まさに、

三位一体

今年ももちろん、様々なところで進化、工夫が見受けられ、来年度の10回大会に向けて沸々と新しい挑戦への熱い思いが沸き上がっていました。

そんな中、おお、そうだ、そうだ・・と開会式を終わらせて一番に駆けつけたのが、ここのブース。

中国・四国大会一番の人気ブースには、もうすでに真剣な表情で工作に取り組む親子の熱気で溢れていました。

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そして、

すぐに眼に飛び込んできた張り紙の文字・・。

そこには、大会スタート時から何年も変わらないメッセージが掲げられていました。

無料ですが

あいさつ「きちんとしましょう」

はじめ「よろしくおねがいします」

おわり「ありがとうございました」

作品は「たいせつにお持ち帰りください」

どんなに進化しようとも、どんなに拡大しようとも、そして、誰が開催しようとも・・・、これがひのまるキッズの原点

そう

基本中の基本

基本の『き』なんです。

「アットホームタナカ」株式会社田中組の田中専務は私と同じ年の柔道家。

たぶん、日本中でも私と並ぶひのまるキッズの伝道師だと思います。

もちろん、ご本人はそんなこと一切構っていません。

「ほら、まずは挨拶から!!!」

って、ただ、親子にハッパかけているその姿に感謝です。

ありがとうございます。そして、今後ともよろしくお願い申し上げます。

いまから、ここから、基本の『き』胸に刻み込みます。

永瀬義規